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竹富島には、生活に密着した数多くの昔話が残っています。
人々は昔話を通じて、多くの知恵や生活する上で大切なことがらを伝えます。
竹富島の精神世界に触れてみてください。
崎山毅『蟷螂の斧』より
ニーラン神
死人の生きかえりと三日の墓参り
寄木の神とニーラン神の話
犬が見つけた仲筋井戸
力くらべ
ンブフル(牛岡)
ニンニクと刀
畑にさす結びススキ(フキ)
人間の腰が曲がるのはなぜか
ヒトリヤー畑の話
犬と香炉
カエルは雨が降るとなぜ泣く
ウズラの鳴声
カエル、イノシシ、ウサギ
海亀、フカ、タコ、ヒトト
スズメとヒバリ
ハト・ワシ・カモ
カエルの遠足
税をのがれた草木の話
ノミ・毛ジラミ・南京虫
ネズミの婚約
孝行のスズメと不孝のコウモリ
獣たちの演芸会
猫とネズミの話
老いカラスの知恵
猫が大便をしてかぶす縁起
生んだ卵を見て泣き出すニワトリの話
大昔、大和の根の国からニーラン神という神様が船に乗って竹富島の西海岸につきました。上陸したあと、竹富島の神様の一人がニーラン神に会った。
ニーラン神は、「この島に種子を持って来ました。その種子は一応竹富島に置き、ハヤマワリハイタツの神に命じて八重山の九ヶ村に分配するように頼む」と言いました。
竹富島の神は欲ばって、なるべく多く竹富島に種子を分けたいと思い、ニーラン神の持って来た種子袋から一袋の種子を草むらに隠しました。
ニーラン神は種子袋をハヤマワリハイタツの神に渡し、八重山中の島々の神に種子を配付し、その種子が豊作したらお初を上げてくれと約束をしました。
草むらにかくしてあった種子を蒔いてみると胡麻ができました。しかし、その神は隠した種子であったので、神様にお初を差し上げませんでした。それから竹富島では胡麻の初上げを神に捧げないという習慣になりました。
ところが、その悪事が一般の神様にわかり、草むらにかくした神の名を「根ウスイ」と呼ぶようになりました。根ウスイとは草の根で覆うという意味です。
竹富島では旧8月8日に、世迎という祭りがある。ニーラン神から種子をいただいて島の豊作を祈るという儀式が現在でも行なわれているのです。
弘化元年の事(1844年)竹富島の新田マハツという人が田福家に嫁ぎました。ところがマハツには子供が1人もできませんでした。そのため、死去するときに、自分が死んだら田福家の墓には入れてくれるなと言い残しました。遺言どおり、里の新田家の墓に入れることにしました。
里の新田家には妊娠して臨月の嫁女がいました。竹富の習慣として、妊婦のいる家に死人が出たら墓を開ける事が禁じられていました。しかし、マハツの頼みであったので新田家の墓にマハツを葬りました。
ところが墓の中で新田家の祖先で亡くなったマツンーメという人が、「田福家の嫁として行ったからには子供が無くても田福家の墓に行くのが道理です。新田家には近日中に嫁がお産をひかえているにもかかわらず、その墓を勝手に開けた事は決して許されない。早く戻って嫁の安産をすませて来るように」と強く言い聞かせて、マハツを生き返させました。
死んでいたマハツは目をさまし、棺桶のふたを開け、暗い墓の中で3日間も生きていました。
ちようどそのころ、墓所の畑地主である領本カイシがお墓の側で芋を掘っていました。墓の中から音が聞こえ、人間の声がするのでした。カイシは不思議に思い静かに墓の側に寄ると、墓の中から「カイシ、カイシ墓を開けてくれ」という言葉が聞こえました
カイシは驚いて村に帰り、村人や親族に伝え、村の人々はタイマツの明りを準備し、午后6時に墓の入口を開け、生き帰ったマハツを助け出しました。そして、宇根叔父さんがマハツをおぶって村に帰ってきました。
マハツは祖先の伝えを親族にいい聞かせ、4日目に嫁が安産で子供を産むと、出産した子にカナシと命名し、7日目にマハツは死去したそうです。
それから竹富島では3日目のお墓見舞いという行事が行われ、墓では死人の氏名を3回呼ぶようになったと言います。
昔、2人の仲のよい漁夫がいました。ある晩連れ立って夜漁に出かけました。
しかし、潮時が早かったので、潮待ちとしてある寄木を枕に寝ていました。すると海の方から1人の神が現われました。ニーランの神でした。
「今晩、村には2カ所にお産がある。これから、産まれた児に運命の位をさずけに行くのだが、一緒に行こうではないか」と寄木の神に言った。
寄木の神は、「今晩は、2人の人間が来て私を枕にしているので身動きができない。すみませんがあなた1人で村に行って下さい」と断ったのでニーラン神は1人で村に出かけて行きました。
しばらくしてニーラン神が帰って来て、「1人は男の子、もう1人は女の子でした。男の子には石一個の位をさずけ、女の子には米一升の位をさずけて来ました」と寄木の神に知らせました。
この話を夢うつつに聞いていた2人の漁夫は自分たちの家内がお産前だったことに気がつき、漁をやめて家に帰りました。すると、それは自分たちの子どものことでした。
2人の子は成長して親の希望によって夫婦となりました。夫は石大工の位をもらい婦は米倉を建てて裕福な暮しをしていました。ところが夫は急に病気でこの世を去りました。
その後、一夜で生まれる男女を夫婦にしたら短命である。お産家の人が他のお産宮に出入りすることも禁じ、物を交換する事もできない。十日間の深い御産守りとして軒下に注連縄を引き、他人の出入りを厳重にし、産児の成長を祈る習慣が竹富島に残されました。その事をシラウチヤーシと言います。
昔、仲筋村の酋長の新志花重成(アラシノハナカサナリ)は1匹の犬を飼っていました。重成は常に、良い泉が掘られて竹富の住民が飲料水に困らぬようにと祈願していました。
ある日のこと、重成は犬を連れて散歩に出かけました。ところが、自分の後について来ていた犬がいなくなりました。しばらくすると出てきて、嬉しそうに尾をふり重成の足もとで走り回りました。重成は不思議に思い犬の尾をみたところ、尾の先には泥水がついていました。重成は干ばつであり付近に水溜りもないのに、犬のしっぽがぬれるわけはないと、犬の後を追って芭蕉の森の中に入ってみました。犬はカニの穴に尾を入れここだと言わんばかりに尾で水を振りまきました。
重成は、これは珍しいと思い自分の持っていた杖でこの穴を掘りおこしました。するときれいな水が涌き出し、たちまち付近は小池になりました。重成は自分の念願であった泉が見つかったので大変喜び、その穴を中心に深く掘り下げました。すると、立派な飲料水が湧き出しました。
重成は犬に感謝し、その井戸の形を犬の形に積み上げました。そして自分の日頃の祈念がかなったので井戸の落成式を盛大に行い、その井戸の名前を「シマナーフンナー(めでたい嘉和)」と名付けました。
それから竹富島では、元旦の若水(初水)、出産祝いの命名水等、おめでたいことがあった時は必ず仲筋井戸の水を使うことになったそうです。
昔、八重山で力の名人と評判された崎田武士と離島で力持ちと言われた竹富村の他金殿(タカネトノ)の両人の話し合いにより、ヤドバーレという軒の右の戸を押し勝負することになりました。
崎田武士は年若く体が太く、みるからに立派な体格であったので、一般の評判としては崎田武士の方が勝つでしょうという声でした。
いよいよ勝負の日となり、他金殿は腹ごしらえのために部下にいいつけて餅米の御飯を一升準備させました。崎田の方からは勝負の時間ですから早く来なさいと使いがありました。
他金殿は崎田の使者に、「私は年寄ですので歯がなくて御飯を食べるのに長い時間がかかりますから、あと2時間ほどで中食をすませて参りますから、私の参る時間をもって勝負する事にしよう」と言って、使者に連絡をしました。
崎田武士の使者は他金殿の返答を持って門を出ました。他金殿は大急ぎで餅米の一升の御飯を一口で食べ、充分腹ごしらえをして馬に乗って急ぎ崎田武士の家に行きました。
他金殿は、「私は中食をすませて勝負することに連絡してありましたが、せっかくあなたの希望です。時間をのばす事は貴方に村して失礼だと思いましたので御飯を食べずに急ぎ参りました。早く勝負をすませてから中食をする事にしよう」と言って勝負を始める事にしました。
地面についていた一坪の石の戸を両人で立て、その石の戸を押し勝負が始まった。崎田武士は力いっぱい一生懸命になって押します。他金敷は石の戸をただ倒さぬように両手でささえ、一つも力を入れず平均をとっていました。
崎田武士は時間がたつにつれて力が弱くなり腹は減るし、腹に一つも力を入れる元気がなくなっていきました。他金殿はこの時ばかりと石の戸を押し始めました。崎田武士は力が弱くなって、後に後にと押され、ケーラ岬という所で石の戸をささえきれずたおして押し切られてしまいました。
石の戸で切られたという意味からケーラ岬と言ったそうです。
昔、大和の国から来られた新志花重成(アラシハナカサナリ)は竹富島の南端のブサシというところに城を築いて住んでいました。しかし、付近は地形が悪くそのうえ飲料水にも困り将来部落としての発展は望めないと思い村中に引越し、仲筋部落を立てました。
重成は自分の見張台を築きたいと思い、良い場所を求めるため苦心していました。その頃、部下に牛を飼っていた男がいました。その牛がある晩屋敷から飛び出し、人の寝静まった夜中に角で土や石を振り上げ、夜明けまでに高い岡を作りました。牛はその岡の上に登って、ンブフ〜、ンブフ〜と大声を上げて鳴きました。
その声を聞き、重成が家を出て牛の鳴いている所に行ってみると、平坦な土地が急に高くなり、立派な岡ができていました。重成は大変喜んでその牛に感謝し、牛の作り上げた岡を土台として堅固な岡を築きました。そして、岡の名前をンブフルと名付けたそうです。
昔、竹富島に南風座屋のクヤマという信仰深い神司がいました。司の兄は乱暴者でした。
ある日のこと、何かの言い争いで兄は刀を取り出し、妹を殺してやると追いかけました。妹は恐怖のあまり前の御嶽に逃げ走り、神殿(ウブ)に入り心を落ちつけ神に助けを乞い、乱暴な兄の来るのを待っていました。
刀を持った兄がかけつけ、今にもウブに入ろうとしました。
妹は、「男はウブに入る事を禁じられています。もしも刀を持ってウブに入ることあらば、神の怒りにふれ、その刀で神にあなたは殺されましょう」と、兄に向かっておどしました。
兄は驚いて刀をウブの入り口に投げ捨て逃げ去りました。妹のクヤマはその刀を家に持ち帰り、家の奥深く誰にも見つからないようにに隠しました。
クヤマは島の司として作物の豊作を神に念じ、常に魔物祓いとして首にニンニクとガーラー玉をかけ、自分の健康と島の豊年を祈っていました。
ニンニクは野菜ではあるけれども独特な臭いを持ち、発芽もよく一本から数多の種子が取れ、根は強く長く土地に張って縁起のよいものです。クヤマはすべての作物にニンニクのような実りを願おうと、ニンニクは実りの神であると、ニンニクを神に初上げすることにしました。兄から取り上げた刀を取り出し、ニンニクと刀をお膳に載せて自分の健康と作物の豊作を祈りました。
それから、クヤマは人々に慕われ、島の大司を命ぜられ、上司から青銅鏡1個、刀一振りを授けられました。
昔、竹富島にアールマイという人がいました。磯好きで魚を取るのが仕事でした。
ある晩、夜づりに行って沖で魚を釣っていると、目の前に大きな船がやって来ました。その船に乗っている人から「付近の港口を教えてくれ」と聞かれました。
アールマイは「何のためにその船をこの島に着けるのだ」と聞きました。
「私は病魔の神である。船いっぱいに病気の種子を載せて来たのだ。この島の出入港を教えくれたら、そのお礼におまえの畑に蒔く農作物だけは特別実らせてやる。おまえの畑に目印として、先の方を結んで差して置き、おまえの家の門には七五三の注連縄を張っておけば魔の種子は入れない」と、病魔の神が言いました。
アールマイは「島の北の方向にアールマイ港口という立派な港口があるから、その港口から船を入れて下さい」と、言って病魔船が遠廻りに来るような道順を教え、自分は一足先に島に戻りました。
道の両側の畑に結んだススキを差しつつ村に帰り、村の入口には七五三の注連縄を張って病魔の神を村に入れないようにしました。
それから竹富島ではアールマイの教えとして、種子蒔きしたときに「アールマイぬノールフキ」と唱えて、結んだススキを差し、作物の豊作を祈る印としました。
ハナツキヌニガイには村の入口に注連縄を張って病祓いの祭りをした習慣はこれから伝えられたと言います。
大昔、陸ができ人間が住むようになりました。ある日、1人の人間が東の方にある朝日の昇る出口を大変珍しく思い、その朝日の出る穴を見学したいと思っていました。
今日はよい天気だから弁当を持って朝日の出口の場所まで行く事にしようと思いました。朝早く家を出発し、遠い道を1人で山越え川越え東へ東へと歩いて行きました。
もう日も暮れ暗くなったので、家に帰るにも帰れないと思って宿を探すことにしました。幸いに大岩屋がありましたので、その岩屋にはいって寝る事にしました。
しばらくすると岩屋が動き出し、「だれじゃ、私の鼻の穴に入って。くすぐったいものじゃ」と大きな音を鳴らしてクシャミをしました。
吹き飛ばされた人間は暗夜に付近の大岩に腰を強くうたれました。それから人間の腰が曲るようになったそうです。
クシャミをした大きな動物は海亀で、鼻の孔であったそうです。
昔、竹富島に仲の良い夫婦がいました。そのうちにかわいい立派な男の子が生まれたので、夫は大事な男の子を育てるために昼夜一生懸命に農業に励みました。しかし、その年は作物が不作で食糧飢鐘の年でした。
夫は妻子に与える食料を求めるため、朝早く家を出て浜べを周り、何か漂流物でも無いかと竹富島を一周しましたが、食料になる物が見当りません。
南の浜から陸に上がり広い原野に出ると、その畑の片すみに一本の大豆(フウマミ)かづらが木の枝に鈴なりに稔っていました。それを見た男は大変喜んで大豆に感謝し、ひとザル大豆を折って家に帰りました。大豆のおいしい中身は子供に食べさせ、大豆の皮は親が食べました。
その翌日もその畑に行って、別の技になっている大豆を折り持ち帰り食糧にしました。それがその後6ケ月間も続き、やっとのことで飢饉を逃れ大事な一人子を大豆のお蔭で育てる事ができました。そこで、その畑の名前を一人(ヒトリヤ)畑と名付けたそうです。
竹富島では大豆一本あれば、りっぱに子供が育てられると言う言葉が残っています。
昔、犬は3本足で生まれてきました。歩く事が不自由で食物をさがし回るのに大変困難でした。
ある日、神様がお通りになりましたので、犬は大変喜んで、3本足がいかに不自由かを申し上げました。
「できますれば、もう1本足を下されば自由に歩いて食を求める事ができます。どうぞあと1本の足を神様の力でお恵み下さい」と、申し上げました。
神様は早速、足が4本ある香炉をお呼びになり、「おまえは足3本でも不自由はない。充分におまえの役目を果たせるから、1本の足は犬さんにやった方が良いと思う」と言いました。
香炉は神様の言う事を聞き入れ、早速1本の足を神様にさし上げました。神様はこの足を犬にやりました。
犬はそれから自由に歩くことができるようになりました。犬は神様からいただいた足を大事にし、小便をする時には神の下さった足をぬらしては神に村して失礼と思い、片足を高く上げて小便をするようになったそうです。
昔、親ガエルと子ガエルが住んでいました。
子ガエルは親の言う事を一つも守ろうとしませんでした。何事を言い付けても常に反村の事を言い、やる事も親の心と一つも合いませんでした。
親はとうとう年を取って重い病気にかかり、死ぬまぎわに子供に一つ頼みがあると側に呼びました。
「私が死んだら、川端に墓を造ってくれ」と言って親は死にました。親の思いとしては、子ガエルは自分と常に反対だから、川端と言えば山の上に墓を作ってくれると思って子供に伝えたのでした。
ところが、子ガエルは常に親と反対のことしてきたので、最後の言葉である頼まれた墓場のことくらいは実行しなければと思い、親の墓を川端に造ったのでした。
葬式をすませ家に帰りしばらくすると雨が降り出し、夜通しの雨で川の水があふれ大事な親のお墓が川の水に流され、親の死体は行方不明となってしまいました。
子ガエルは親の死体を見つけることができなかったので、それから子ガエルは雨が降り出すと親の死体の事を思い出し、私は親不孝です、世間にも顔を出す事ができない罪の深い者ですと言って、草林の中で泣くそうです。
ある野原にウズラの親子が巣を作って住んでいました。子ウズラを残して親はエサをさがしに出ました。
しばらくすると畑の主がこの野原を開墾しようと思い、畑の四方から火を入れてしまいました。火はだんだんウズラの巣の近くによって行きました。
親ウズラはやっとエサをさがし求め、子を喜ばせようと自分の巣に帰ってきたところ、自分の巣は四方から火に包まれ、かわいい子供のいる巣は今にも焼かれそうになっていました。
親ウズラは大変心配して、どうか私のかわいい子供を助けて下さいと天の神様に心から願い頭を下げました。
天の神様は、ウズラの心がけの良い事を知っておられたので、急に雨を降らせて野原の大火を消しました。
ウズラの親子は大変喜んで天の神様に感謝感激をいたし、ウーウーと鳴いたそうです。
それから、ありがとうございますという言葉をウズラがウーと言った事が、ユングトユンタに唄われたそうです。
昔、カエルとイノシシとウサギが集まってかけくらべをする相談をしました。
カエルは「私の行く道は必ず鳴き声があるから、私はこの競争に参加せぬ」と言いました。
ウサギは「耳が長いため木や草に耳がかかって走る事はだめです」とイノシシに言いました。
イノシシはどうせ自分が1番だと思い、「我等3匹はまだかけくらべをした事がないから一応走ってみる必要がある」と言って強く申し出たので、カエルとウサギは仕方なく競争することになりました。
イノシシは自慢を誇り、途中まで走り、カエルの声が自分よりだいぶおくれて聞こえるので安心して草原で一休みしました。カエルは今のうちだとかけ走り、山の上まで登って、ウサギとカエルは我等が一番だと声高くカエルは鳴きました。
それを聞いたイノシシは大変ふんがいして山の上にかけ登り、カエルの上に乗ってカエルをふみつぶしたので、カエルの体はそれから平たくなったそうです。
側でみていたウサギは大変驚いてイノシシに見つからぬように深い穴を掘り逃げたので、それからウサギは穴に住むようになったそうです。
昔、海の王様が病気になり、ニーバイ魚に診断してもらいました。すると、陸に住む猿のキモが薬ですと言うので、さっそく陸へ行く事のできる亀に頼み、その応援にフカをつけて派遣しました。
亀は陸に上がりフカは浅い海で待っていました。亀はようやく猿に会って話をしました。
「海では今日王様のお祝いで、たくさんのご馳走があるのでお供に参りました」
猿は大変喜んで、「それじゃ行こう」と言って、亀の背中に乗って島を離れ大海に出ました。
途中タコが出て来て、「猿さん。今日はあなたのキモをもらうために連れて来たのだ」と言いました。
猿は、「ああ、私のキモは今持っていない。私のいた枝にかけてあった。前もって私のキモが必要と言えば持って来たのに。ぜひキモが入用なら私のいた島に引き返せ」と言いました。
亀やフカたちは本当のことだと思って、陸へ向かって引き返しました。猿はようやく陸に着き、それから大変おこって、猿はフカの頭をふみつぶしたのでフカの頭は平たくなりました。亀には石を投げつけたので亀の甲には四方八方にヒビができているそうです。
海の王様は一番罪の深いのはタコだと言って、タコを連れてきて臼に入れキネで打ちこねたのでタコの骨は臼から飛び出てしまいました。タコの親しい友人であったヒトトは気の毒に思い、友人の骨だから捨ててはならないと思い、自分の体にいっぱいさし込んだのがタコの骨だそうです。
スズメとヒバリは兄弟で、兄がスズメ、弟がヒバリであった。
神様が、若がえり薬をやるから人間の体に塗りつけて来い、とヒバリに命じて薬をさずけました。ヒバリは薬を持って人間のところへ行く途中、ある畑に赤く実ったイチゴがあったので、大事なお薬を道端に置きイチゴの実を食べに行きました。すると、どこからかハブが出て来て、大事な若がえり薬を体いっぱい塗り付けて逃げて行きました。
ヒバリはおいしいイチゴを腹いっぱい食べ、大事な薬のところまで急いで帰ってみると、ビンいっぱいあった薬が何もありません。ヒバリは大変心配して神様にお許しを願いました。しかし、神様は大変おこって罰としてヒバリの足を3日間、縄で強くしばりました。それからヒバリの足は小さくなったそうです。
その後、兄のスズメが神様の所に少し残っていた若がえりの薬を人間の手の先、足の先、頭につけて来いと言われました。神様の教えを守って人間の頭と手足の先に塗ったので、人間のその部分は切っても切っても良く伸び、いつも若々しくしているそうです。
スズメは道草を喰う事なく神様のお使いを守ったので、神様が賞品として白い手拭いを下さいました。スズメは大変喜んで首につけたので、スズメの首がそこだけ白くなっているそうです。
スズメは神様にかわいがられ神様の家の軒下に住む鳥となり、瓦屋根の鳥と言う事から「カーラヤーヌトイナ」と言ったそうです。ヒバリは野の鳥となり、蛇は1年ごとに若がえるために脱皮するそうです。
昔、ハト・ワシ・カモの3羽は仲の良い友達でした。ある日、3羽が海へ行って協力して魚を取る事にしました。しかし、魚は1匹も見当たらず、一生懸命になっておよぎましたが、ハト君もカモ君も1匹も捕えることができませんでした。
幸いにワシ君は小さい魚を1匹捕まえました。しかし、魚が小さいので分配方法を相談することになりました。
ハト君が「良い考えがある、一番年長者から食べる事にしたらどうか」と提案しましたら、他の2羽も賛成しました。
真っ先にハト君が「私の歳は8才です」と答え、次にワシ君が「5才です」と怒りながら答えました。カモは「1才です」と小さく腹の中で言いました。
ハト君は羽を広げ大いに喜び魚を項戴しようとすると、ワシ君は自分が捕えたので急に人にやるのがおしくなり、一口にくわえて食べてしまいました。ハト君はふんがいし、カモ君は脚をつかまえて力いっぱい引きのばしました。
ワシ君は「いたい、いたい、許してくれ。今後はそんな事は致しません」と泣きながら許しを乞いました。しかし許してもらえず、2羽でワシの首と脚を引っぱり合いましたので、首が永く脚が細長くなったそうです。
昔、竹富島のハザマ村のカエルが南の仲筋村を見学したいと思っていました。南の仲筋村のカエル君もいつか親部落といわれたハザマ村を見学したいと計画していました。
幸いに本日はお天気も日本晴れで、朝早く起きて村の見学にお弁当をこしらえました。仲筋村のカエル君もハザマ村のカエル君も同日同時間に出発しました。お昼の12時頃、ンブフルという所で仲筋村のカエル君とハザマ村のカエル君2人が岡で出合いました。
ハザマのカエルから、「私はハザマの者でありますが、なかなか島を回ってみることができません。聞きますと、仲筋村はとてもきれいな村だとの事で、その村を見学に行く所であります」と言いました。
仲筋のカエル君も、「前々からハザマ村という村はとても美しいと評判だとの事を聞いていましたので、私の一生の内ぜひ一度は行ってみたいと思っていたところでした。それでは一緒にこの岡の上で中食をすませて見学いたしましよう」と言って二人は中食をした。
中食を終わって、カエル君2人は向かいあい岡の上で立ち上がりました。村を眺めて、ハザマのカエル君は、「全く私の村によく似ている所がたくさんありますね」と言って喜んでいた。
仲筋のカエル君も「ハザマ村は大きい村と聞いていましたが、仲筋村にそっくり違わない所がたくさんありますね」と言った。
カエル君は目が後ろにあるので、2人とも自分の村を眺めて大変喜び、満足ができましたと言ったそうです。
昔、キヨウボウ(公方)様の命によって人間や草木に税を持たせると皆に通知がありました。その事に村ではだれ一人反村する者がいませんでしたが、草木のハーブ木・ガジマル木・スンムト木の3名から異議の申し立てがありました。
「草木まで税を持つという事について、私たち3名は不服です」
「なに、お前達はキヨウボウ様の土地を利用して生きているから税を持つのが当たり前だ。キョウボウ様に村し無礼千万だ」と皆から叱られました。
「私達はいやだ。土地も利用せず、税も持ちません」
「それじゃ、お前達3人はどうやって生きるのか」
「私達3人は石の上に生えます」と言って、税をのがれるため、ハーブ木・ガジマル木・スンムト木は石の上に生えて生活するようになったそうです。
ハーブ木の弟のシルクブ木は、「自分は立派な土地の上に生き、税も持って、キヨウボウ様の命令通りやります」と言ったものだから、立派な土地に生活ができたそうです。
昔、ノミ・毛ジラミ・南京虫の3匹は仲のよい友達でした。ある日、3匹が集まって共に栄養会をやることにし、3匹の話し合いによって赤豆のヨウカンと魚の料理を作ることにしました。
南京虫はヨウカンを作る係になりました。ノミと毛ジラミの2人は夜、海に行って魚を取る係になりました。タイマツを持つ毛ジラミ君はノミ君をお供して海へ下りました。ノミ君は飛び上手で魚と同様に飛び廻ってよく魚を取りました。
しかし、タイマツを持った毛ジラミ君は歩くのがのろいので、ノミ君は大変怒ってタイマツをうばい、毛ジラミ君の背中をタイマツで焼いてしまいました。そのために、毛ジラミ君の背中には火の焼き跡が白く残り、体が白くなったとのことです。
ノミ君は怒りながら海から帰り、南京虫の所にヨウカン菓子ができているでしょうかと伺いに行きました。海からの帰りがおそいとの事で南京虫君は赤豆を腹いっぱい食べて、鍋には赤豆の汁だけしか残っていませんでした。すると、ノミ君はまたまたおこって赤豆の汁を南京虫にひっかけました。赤豆の汁でやけどをした南京虫はそれから赤豆の色に体色が変わったそうです。
それから後は、3匹とも仲が悪くなったそうです。
竹富島の御岬浜より三十間余の沖の方に「ソイ」という大岩が海の中にそびえ立っていました。その大岩が東に一つ、西に一つ並んでいました。
東の岩には1匹の男ねずみが住んでいました。西岩にも同じく美しい女ねずみが住んでいました。海をへだてた関係で、なかなか両方の岩に行ってお互いに語る事もできず苦心していました。
ある日のこと、東岩の下にソーチ(ボラ)と言う大魚さんが遊んでいました。ねずみさんは良い時だと思い魚さんにお願いをしました。
「魚さん、一つあなたにお願いがある」
「なんだね、ねずみさん」
「西の岩に住んでいる美しい女ねずみさんをお嫁にしたいのだが、西岩まで行くことができません。ですから私の代理に一つ相談に行ってもらえませんか。うまく相談できましたら充分な御礼を致します」
「ねずみさん、その事なら心配無用。私が引き受けます。しかし、あなたの将来の夫婦に関する重大問題を決める事ですから手ぶらでは行けない。何かおいしいご馳走でも作って持って行けば話がうまくまとまるでしょう」
「それじゃ、ネズミさんの大好物の魚の料理を作ることにしたらどうでしょう」
頼まれた魚さんは小さい魚を犠牲にして料理を作り、椀にいっぱい山盛りした魚のクバン料理を持参しました。
女ネズミさんも、「前々から私も男ねずみさんがおられる事を聞いて、お嫁に行きたいと思っていました。ありがとう。一日も早く結婚式を挙げるよう吉日を選んでお知らせ下さいませ」と言いました。
大魚さんは大変喜んで、早速東岩のねずみさんへ確かに婚約済みですということを報告しました。
「善は急げ、大魚さん。結婚式までよろしく」と男ねずみさんは頼みました。
海に楽しく暮らしている魚連中は大魚さんの行動に、「自分の仲間である小魚さんを犠牲にしてまでも、ねずみの事をする必要はない」と、大変怒りました。
その後大魚のソーチさんは、一同にお詫びを申し、それからねずみの所には寄りませんでした。
両方のねずみさんは婚約はできたものの、楽しい結婚式ができなかったのを大変残念に思い、離れた大岩の上に登って、お互いに岩だけを眺め恋しい唄を歌ったと言います。
その唄が残されています。
アイヌソーイヌ ウヤンチュと イルヌソーイヌ ウヤンチュと
夫婦になるんと 所存しが
魚ゆ 取り来 クバン盛りて
成るんか成らぬか 一ちぬ二ち
大昔、スズメとコウモリは人間であったそうです。ある時、他人の家にお祝いがありました。そこで、その家に舞子として頼まれたそうです。
スズメが頭に白い手拭をかぶり舞台に出ようとしたとき、あなたたちの大事な親が亡くなられましたとお祝座に通知がありました。
スズメは大変親の死去を悲しみ、大事な親の事を深く思い、早速家に帰って親の弔を心から勤めました。そのため、首に白いハチマキをかけた孝行鳥と言われたそうです。孝行鳥として雨にも風にもうたれず、安心して人間と同じ瓦葺の軒下に住むことができたので、カーラ屋の鳥と呼ばれました。
一方、コウモリは頼まれた事ですから、親が亡くなっても構わずに最後まで踊りました。その後、家に帰ったら、お前は不孝者だと家から追い出されました。そして、親の罪があたりサカサマに止まるようになり、暗い木の穴や森の中に住み、明るい世の中を見ることを止められたので、暗い夜に出る不孝鳥と言われ、罪のサカサマ鳥と言われるようになったそうです。
昔、仲の良い獣たちが集まって演芸会を催しました。描さんは三味線、山鳥(ピヨウ)は笛、豚さんは太鼓、カラスとドブネズミ(ザー)2匹は踊子でした。見物と踊りの審査係としてワシ(さぎ)さんにお願いをしました。
まず最初に踊るのがネズミさんで、得意芸である八重山民謡の古見の浦節を披露することにしました。三味線引きの描は「ミヤウ、ミヤウ、ミヤウ」。笛の山鳥ピヨウーは「ピヨウ、ピヨウ、ピヨウ」。太鼓の豚は「プン、プン、プン」と古見の浦の音楽が始まりました。
踊子のネズミさんは四つ竹を持って、「ザツ、ザツ、ザツ」と唄に合わせて面白い古見の浦を見事に踊りました。
2番目に踊るカラスは、沖縄民謡の扇子舞、上り口説を踊ることにしました。第2回目の上り口説の音楽が始まるとカラスさんは元気よく掛け声も勇ましく幕内より「ハァ、ハァ、ハァ」と掛け声を出して踊りました。
見物係のワシ君はカラス君の元気な声を聞いて、あまりおかしかったので大声を張り上げて「ハハハ」と笑いました。すると、カラス君は大変憤慨して「私が一生懸命に踊るのを笑うとは許してはおかない」と描・豚・ネズミ・山鳥さんと一緒にワシの首を力いっぱい引きのばしました。それからワシは首が長く足が細く、カラス君とは大敵になったそうです。
昔、ある家に目の見えない母を養うために常に苦労していた嫁さんがいました。
ある日のこと、天候が悪いのでなに一つ料理を作るものがないので困っていました。幸いに水瓶の端に2、3匹のミミズが地面にはい出していた。これを見た嫁は、ミミズの料理を作ることにしました。
「今日は特別おいしいイモズ(小タコ)の吸物を作りましたので、お召し上り下さい」と目の見えない姑にお謄を出しました。
姑は大変感謝して喜んでいただこうと箸を取りましたが、召し上る途中に外から姑の長男が入って来ました。
「お母さん何をおいしそうに上られるんだ」
「タコの吸物だよ」
長男が見ると、タコでは無くミミズを口にくわえているではありませんか。
「あら、お母さんこれはタコではないよ。ミミズだよ」
それを聞いた母は、目を開きおそろしい猫に変わって台所にかけ込んで行きました。台所にいた嫁は、ミミズという言葉に驚いて鼠となって、台所からふるえながら逃げ出そうとしましたが、猫は鼠に飛びつきかみ殺してしまいました。それから描と鼠は敵となり、姑と嫁が仲が悪くなりやすいそうです。
竹富島の老いカラスがある森の木の下に止まっていると、一羽の若カラスが飛んで来ました。
「遠い波照間島に大きな牛が死んでいるそうです、私たちも一緒に行っておいしい牛を食べましょう」と申しました。
老カラスは遠く波照間島まで飛んで行く事は、年をとってなかなか大変なことだと思いました。一緒に飛んでも早く着くのは若カラスの方だと考えて、若カラス君に、「牛の一番おいしいところは角ですから、右はあなたに、左の角は私に残しておいて下さい」と言って、波照間島へ出発しました。
若カラスは元気者で早く島に書くと、早速牛の角を目がけ、懸命に右の角をつついていました。
老カラスは後から来て、牛の一番おいしいやわらかい2つの目玉を一口に食べてしまいました。
それから若カラスは老カラスの知恵のある事を知り、老カラスを尊敬し、老カラスの後をついて物事をすべて習い受けたそうです。
その伝えにより、竹富島では老カラスには何事もかなわないと言う言葉が残され、老人より物事を聞けば、ためになる事が多いと伝えられています。
虎と猫は祖先一つと言われたもので、常に仲のよい暮らしをしていました。
ある日のこと、描は大変知恵のある者だったので、虎をだましました。虎は大変おこって、「今日限り命を取ってやる」と猫に飛びかかりました。描は一生懸命に逃げました。
描は今にも虎の爪先に命をとられんとするとき、ある一軒家に逃げ込みました。この家主はちょうど狩に出かけようとしていましたので、すぐに弓矢を放ち虎を打ち殺しました。
猫は狩人の家の天井にがたがたふるえていましたが、4、5日後に天井から下りて来て、家主に命の恩人ですとお礼を申し、「その恩に報いたいと思いますので、何か仕事でもさせて下さい」と、申し出ました。
家主は、「うちには私に損害を与えているネズミがいる。それを退治してくれ」と頼みました。
「それは私にとってたやすい仕事です。恩人のために一生懸命奉公します。鼠をとる事は引き受けました」と言って、その仕事をしました。
それでも敵である虎がここに来はせんかと心配で、大庭や道に出ると自分のにおいを出さないように、大便をしたらかぶしておけば大変安心だと思い、便に砂をかぶせるそうです。
ニワトリは腹がいたみ出したので、急ぎ巣に入り、自分に似たような子供ができるのを大変期待し、生まれるのを待っていました。
まもなく腹から生まれた物を見たところ、目・鼻・口・頭・足・羽がなく、少しも親に似ていない珍しいものが生まれました。何回も足でくりくり廻して見ても、目鼻や口が無く真白いつるつるした丸いものなのです。いかにしてその子供を育てるか大変心配でした。
「お友達や人間様も見てくれ、聞いてくれ。私は大変珍しい赤ちゃんを生みました」と驚いて巣から飛び出して、一般の方々へ知らせるために鳴くそうです。
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