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喜宝院・蒐集館

日本最南端のお寺である竹富島の喜宝院には、併設の蒐集館(しゅうしゅうかん)があります。
世界的にも珍しい藁算を始め、島の生活にまつわる数々の民具約4000点が展示されています。
そのうちの一部をご紹介します。

藁算(ワラサン)

竹富島で使われていた、ワラを使った記録器。世界的にも大変珍しいものです。

沖縄の貨幣史

琉球、日本、アメリカの統治を受けた沖縄は、貨幣の歴史も複雑です。とくに終戦後の27年の間に、4回も通貨の切り替えが行われました。

竹富島の民具

先代の館長が長年かけて集めた島の民具などがたくさん所蔵されています。

島民の生活

沖縄は、江戸時代以前、琉球、薩摩に支配され、人々は過酷な生活を強いられました。


藁算(ワラサン)

藁算は、文字の読み書きができない人たちが、ワラを使って様々な事柄を記録しておくのに使用しました。
まず1本の太い藁の縄を作り、それに別の細い藁を結び、その結び目によって様々な意味を表します。

「到来算」と呼ばれるものは、誰かから何かをもらったということを記録しておくものでした。
たとえば、納豆のワラのような結び方は卵を表し、その隣にやや小さな結び目を作り、それが卵をいくつもらったかということを表します。
また、背の高い結び目の先端をちょっと結んだものは酒を表し、その隣の小さな結び目で、酒を何升もらったかということを表します。
また、どこからもらったかということを各結び目の下に記載しておきます。島の各家にはそれぞれ独自の屋号があり、その屋号のマークを記載しておきます。

また、どれだけの収穫があったかということを記しておくための収穫算。
島の各家庭にどれだけの人が住んでいるかを記しておくための戸数算。
そろばんのように使い、計算をするための「サンミン算」という特殊なものもありました。

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沖縄の貨幣史

琉球、日本、アメリカの統治を受けた沖縄は、貨幣の歴史も複雑です。
とくに終戦後の27年の間に、4回も通貨の切り替えが行われました。

蒐集館には様々な貨幣が残っています。
2000年前の中国の春秋時代の貨幣の貨幣である貨布銭(かふせん)は、1959年に竹富島の畑の中で、当時の中学生が発見しました。竹富島が中国と何らかの交易をしていた証拠とも言われます。

江戸時代以前に使用されていた様々な貨幣が展示されています。

鳩目銭(はとめせん) 。鳩目銭50枚が1厘にあたります。1956年に西塘の建てた園比屋武御嶽でも金の鳩目銭が発掘されています。 

明治時代から昭和の初期にかけて使用された紙幣の数々が展示されています。

 第2次大戦後、昭和33年までの10年間、沖縄ではB型軍票(通称B円)が使用されました。その後は、昭和47年に日本に復帰するまでは米ドルが使用されました。B円が展示されています。

 そして、大変珍しいA型軍票(A円)。終戦直後の3ヶ月間だけ基地内で使用されました。その後B円に切り替わりました。そのため、現在残っているA円は少なく、蒐集館に残っているものはシンガポールで使用されたものと思われます。

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竹富島の民具

ここ蒐集館には、先代の館長が長年かけて集めた島の民具などがたくさん所蔵されています。

大正時代に竹富島で焼かれた土具。生活に必要な物は島で作られていました。

パナリ焼き。八重山諸島新城島で焼かれたもの。粘土にカタツムリの貝殻を混ぜている大変珍しい焼き物です。
15世紀から19世紀頃まで焼かれていたものですが、最近になってまた焼かれるようになりました。

竹富島は農業の島でしたので、杵、臼などがたくさん残っています。

行灯や人々が使ったタンスなども展示されています。

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島民の生活

 沖縄は、江戸時代以前、琉球、薩摩に支配され、人々は過酷な生活を強いられました。
 土地の開墾のために移住を強制され、奴隷のように使われました。
 人頭税は世界史上に残る過酷な税として有名です。

 人頭税のために使われた様々な道具が展示されています。税金として治める農作物の重量を計るための道具。そして、税を支払えない農民を拷問するための道具など。
 島民の使ったタバコ入れや、かんざし。安里屋クヤマの使ったかんざしも展示されています。

 サバニは大きな木をくりぬいて作った船です。竹富では稲作ができなかったため、6時間もかけて西表島まで行って稲作りをしました。

 葬儀に使われた輿。遺体を載せて墓まで運びました。最近ではあまり使われませんが、100歳を超えた人が亡くなった場合などは特別に使われることもあります。
 沖縄は亀甲墓と呼ばれる独特の墓があり、遺体は焼かずそのまま墓の中に葬られます。数年後に骨を取り出し、親族が洗骨をし、大きな瓶に納めて墓に納骨されます。

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