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竹富島の家屋

まだまだ利用できる古瓦・古材
「伝統的建造物群保存地域」竹富島での取り組み

社団法人沖縄県建築士会八重山支部
高嶺滝好、高嶺建徳設計事務所所長

週刊タイムズ住宅新聞1999年9月10日号より
「星砂の島第5号」より再転載

沖縄の伝統的まち並みが見られることで知られる竹富島。しかし、その美しいまち並みは民家の保存修理事業、修景事業などによって保たれている。今回は古瓦・古材を利用してまち並み保存に取り組んでいる高嶺滝好さんに、その現状を紹介してもらいます。


進む保存修理事業

沖縄県竹富島が県内で初めて、全国では24番目の伝統的建造物郡保存地域に選定されて、今年で12年目になる。
この12年間、国、県、町の保存修理事業が進み、平成10年度末で70件の保存修理事業が行われた。保存物件112件のうち、約63%の保存修理が完了したことになる。また、町の単独事業として、非伝統的家屋の修景事業も行っており、島の景観も良い方向に変わりつつある。
なお、今年は竹富島まち並みセンターも着工され、竹富島の街並み保存のシンボル、及び住民の交流研修の場として、年内完成に期待を集めている。
竹富島のまち街並み保存を財政上から支援しようとして設立されたまち並み保存基金も多くの皆さんの協力を得て、徐々に基金金額が増えつつあるが、目標の2億円にはほど遠いのが現状、募金活動の限界が次の課題と言えそうだ。

古瓦の再利用で美しい景観づくり

竹富島の集落の景観的な特徴としてあげられることは、白い砂を敷き詰めた道、珊瑚石灰岩で積み上げられた石垣、沖縄特有の赤瓦をしっくいで塗り固めた屋根、道路の両側や石垣越しに四季を問わず咲く花々であろう。それらが一体となって南国特有の雰囲気を醸し出している。
また、屋根の上の魔除けのシーサーは、民家の景観に親しみを与えている。民家は石垣積みに囲まれているため、壁の大部分は陰になり目立たず、そのため赤瓦の屋根が集落景観の大切な役目を果たしている。
竹富島では最初の赤瓦ぶきは、明治28年(1895)ごろで、以後は台風や火災に弱いかやぶき屋根から瓦葺きに代わり、現在の景観となった。
島で年間使用される瓦は約3万枚程度で、公共事業の一部を除き、ほとんどが古い民家から取り外した古瓦で対応している。
古瓦は、近年の工場生産の瓦と違って、形や色が均一でなく、しっくい塗りの面積も大きく、瓦一枚一万の濃淡がはっきりしている。その「ふぞろい」であることが逆に美しく特徴のある景観を作り出している。また、軒先の見え方も役瓦(軒先鼻瓦)を使用せず、しっくいで塗り固めているため、映えて見える。
このように魅力的な素材である古瓦は、石垣島で解体される古い建物をもらい受け、そこから取り外し、選別して竹富島に運搬保管して使用されている。島で再利用されている瓦の中には、300年ほど前に生産されたものも見られる。

当時を物語る瓦のかけら

八重山における瓦の歴史は、瓦職人を沖縄本島から招請した元禄8年(1695)年に始まった。大戦後は住宅の新築ブームによって生産が追いつかない時期もあったが、セメント瓦の出現や、台風に強い鉄筋コンクリート造の建築が始まってからは次第に需要が減り、1965年ごろに永い歴史を閉じた。
先日、宮良部落の近くの窯跡を当時の職人2人に案内してもらったが、開墾などで面影もなく、位置を確認するのに手間取った。窯跡周辺の割れた瓦のかけらが当時の様子をわずかに物語っていた。「もう一度、瓦を焼いてみたい」と熱っぽく語っていた2人の姿が印象的だった。

古材を収集・再利用

石垣島では年間50〜60件程度の瓦ぶきの建物が解体撤去されている。その中には移築しても十分使用できる建物もある。しかし、半数ほどが重機などにより無造作に解体され、挙げ句は産業廃棄物として処分されている。古材の収集は、設計事務所、建築士会員の協力を得て解体物件の情報を提供してもらった上で行っている。その件数は年間約30件にも上る。瓦はもちろんのこと、野地竹、島産材のたるき、けた、はり、柱、延石など、再利用できるすべての物を選別保管して、保存修理事業に活用している。イヌマキ材、古瓦、古材なども石垣島よりもらい受けており、竹富島の保存修理事業は、材料の調達という面から、石垣市民の協力に負うところが大きく、感謝している。

収集ネットワークづくり

現在、竹富島ではよりよい集落景観づくりを目指して「竹富島景観形成マニュアル」を作り、屋根の修景や建て替え、移築などに対応している。
島に住む若者、Uターン青年、本土からの移住家族などが安価で景観にマッチする建物を建てられるかが課題である。現在までに移築物件が3件建設されており、景観も変化しつつある。
これからは、沖縄県全域における古瓦、古材などの収集ネットワークをつくることが大切だ。情報の収集をはじめ、人的交流、技術者の育成、再利用可能な材科のストックなどのシステムが確立されれば、ほかの地域が保存地区に選定された場合にも、その対応が容易になると考えている。
まち並み保存にとって、そういった体制づくりが一層必要となってくるだろう。「伝統的な景観の美を守る」というこだわりを持って、今後も景観保全にかかわっていきたいと思う。

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