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種子取祭の踊りと小道具
上間理江子 竹富中学生(平成8年当時) (『星砂の島』創刊号より)
第12回伝統的工芸品月間作文コンクール最優秀賞受賞作
島全体が国立公園に指定され、集落は「国の重要伝統的建造物群保存地区」になっているのが、私の住んでいる竹富島です。周囲約9キロ、人口は300人にも満たない小さな島です。
しかし、この小さな島も種子取祭にはなんと1200人近くにふくれあがります。
私は去年の種子取祭の庭の芸能で、ジッチユを踊りました。
この踊りは、芭蕉布を着て、ミンサー帯をしめ、右手にはクバ笠を持ち、カンプーを結い、ジィーファーを差してアダン葉草履を履いて踊ります。
母は、それに使う小道具や衣装の準備をしながら、踊りや小道具の説明をしてくれるのでした。今では、この小道具の作り手がいなくなり、一つの踊りをするのにも、毎年毎年いろいろ大変だというのです。
私は、これまで準備された小道具を無造作に使い、何の心配もなく踊っていました。正直言って、そのようなことになっているとは思ってもみませんでした。
私は夏休みに、これら小道具はどのような状態になつているのか調べてみようと思いました。
クバ笠は以前はほとんどの家庭で製作し、日常生活の中で使っていたそうですが、今では作っている家庭は一軒もありません。現在、種子取祭の踊りに使うクバ笠は、石垣市の白保の方に頼んで作ってもらつているそうです。
アダン葉草履もクバ笠と同じで、島ではまったく作られていません。
また、竹富島で長いこと織られていたミンサーも、年々織り手が減ってきているそうです。ミンサー帯は、亡くなった私の祖母がいつも織っていたので、小さいころから一番親しみのある織物です。
島で、ミンサー織りをしている人は、ほとんどがおばあちやんたちで、若い織り手はほんの2、3人です。
このままだと、10年、20年後には、島でミンサー織りを織る後継者はいなくなってしまい、クバ笠やアダン葉草履のょうになってしまうのではないかと心配になったので、ミンサー帯を織っている民芸館へ行ってみました。
一本一本の糸を心をこめて織るわけですが、帯を織り上げるには、約2〜3カ月かかるそうです。
糸くり機で、糸まきが終わると、ミンサー独特の、五・四 (いつよ)、五・四(いつよ) の模様である 「いつの世までも幸せに」 の染めの準備をします。
昔は芭蕉の皮でしばっていたようですが、現在はビニールでしばって染めています。そのあと、のりつけをし、糸をのばしたり、その他いろいろな工程の後、織機にのせ、織りはじめます。気の遠くなるような作業です。
私は、これまで種子取祭を守ってゆけば、島の織物や文化などみんなを守ることになると思っていました。竹富島は、伝統的工芸品や伝統文化のあふれた島だと安心していましたが、調べてみて、そうではないことに気づきました。
私は、先日 「天に響(とよ)め、サンシン (三味線) 三千」というコンサートを聞きに行く機会がありました。
お年寄りから小さな子供までが、伝統のサンシン (三味線) を心を一つにしてひいている姿を見て、これからの私たちの方向を示しているように思えました。
島で生まれた伝統工蓑品は、先人たちの知恵から生まれたものです。私たち若者は継承してゆく努力をしなくてはいけないと思いました。
種子取祭の踊りの衣装や小道具は、島の人々が作ったもので踊れるように頑張らなくてはいけないと、「サンシンサンゼン (三味線三千)」 の音につつまれながら考えるのでした。
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