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竹富島雑感

竹富島喜宝院蒐集館館長 上勢頭芳徳
「星砂の島」第4号、第5号掲載

八重干瀬浜下り異聞


 過日、宮古池間島の友人から電話があった。八重干瀬(ヤビジ)でサニツしに来ないか、という。
 1度は行ってみたいと思ってはいたが、何百人ものツアー客とフェリーで乗りつけることにはためらっていたが、漁協の船だというので、喜んで行くことにした。
 それにもう一つ、池間島には関心があった。橋が開通してから7年目。架橋は夢の実現、万々歳だったのだろうかと。

 八重山でも石垣島と竹富町の島々を結ぶという話をいつか誰かが言ったようだ。時々亡霊のように現れてくる。地元の人の話を聞いておきたいこともあって、橋を渡っての池間島行きとなった。
 橋の欄干には開通時の、池間中学校生の俳句が刻まれていたりするのだが、それよりも連れて行かれた所が池間公民館。『県営公園絶対反対住民総決起大会』という文字にはいささかビビった。
 これまで県や市町村の、行政側からのまちづくりフォーラム等には何度も事例報告をしているが、住民大会には初めて。陽に焼けて、しわを刻んだおじい、おばあがマイクを握り共通語を交えてとつとつと話している姿に、十数年前の竹富島の自分たちをダブらせてみたが、これほどではなかった。
 土地をとられたくない。ここで畑を耕して、漁をして生きたい。都会ほどの経済的裕福さはなくとも、気心の知れた共同体の中で生きる安心が第一。

 条件闘争ではない、思いのたけをこめた熱意は人を動かすものだ。だが私はやっと竹富島での経過と現状を話すことしかできなかった。賛成か否かは地域の人が決めることだ。
 親がそれほどまでして守ろうとした島の価値は、いずれ子も孫も知る時が来る。昔は良かったのだがなどという過去形の話ではなく・・・。

「琉球新報」1999年4月21日掲載

 

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