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わたしの竹富島

鍵のない部屋  北海道滝川市 吉住晴美


 10月、再び港に降りた。司馬遼太郎が「カレー皿を伏せたような島」と記した竹富島は、激しく起伏するところのない、やわらかな表情で私たちを迎えてくれた。
 昨年、「海道を行く〜沖縄先島への道」をかばんに入れて初めて訪ねた竹富島。幾度も続み返した「石垣竹富島」の章を高速船の中で反留し、あれこれ思い描いたあこがれの島へと降り立った。しかし、想いとは裏腹に数時間を過ごしただけで、石垣市内のホテルに戻ってしまった。旅人としては別段珍しくない竹富での時間。海も見た。水牛車にも乗った。
 観光案内にある名所はすべて自転車でまわった・・・。でも・・・なぜか物足りなさがつのった。風のにおいも海の音も、道に敷き詰められた白砂も、ただ先を急ぐ旅人には観光パンフレットの写真をめくっているにすぎなかった。かばんに入れた本が肩に重くくいこんだ。司馬遼太郎の語る竹富島に会いたい・・・。

 そして、今年。どうしても足りないものを埋めたくての再訪であった。港には3晩の宿となる小浜荘の栄子さんが待っていた。小柄で少女のような笑顔の女性である。
 竹富独特の家屋。通された部屋には蛍光灯とのりのきいた寝具、扇風機1台、そして旅人が置いていったであろうたくさんの本。そのこざっぱりとした部屋に鍵はなかった。「竹富島に悪い人なんかいないんだよ」昨年、借りた自転車に鍵がついていないことを不安がっていた私たちに、貸自転車屋のおばさんが自慢気に話していたことが思い出された。
 3日間、昨年と同じように南風に押されながら自転車を走らせ、海をながめた。空との境を溶かした海、陽の傾きとともに表情を変える白砂の道、あでやかな花の香りをほのかに合んだ風。会いたかった竹富の素顔がペダルを踏むごとに目の前に広がった。そして、何よりも竹富に暮らす人々との出会いの中に、探していた空白が何であるかを見つけることができた。

 道をたずねるために立ち寄った土産屋。土産屋の大底勝子さんは、「あと1時間後にいらっしゃい。おいしい揚げ菓子をご馳走するから」と笑顔で言ってくれた。約束の時間になった。「ずうずうしいかな?」と、遠慮しがちに店先をのぞく私たちを待っていたのは、紅芋を混ぜた揚げたての菓子としぼりたてのパイナップルジュースであった。それが商品であることも忘れ、勧められるままおかわりまでしてしまった。
「お金、払います!」。当たり前の申し出は、「おいしかった? それでいいよ」と、豪快に笑い飛ばされてしまった。翌日、釣りに行きたいと無理をいって小浜荘から釣り竿を借りて浜に出かけた。
「釣りですか?」。日焼けした笑顔に白い歯が印象的な青年が声をかけてきた。「餌を手に入れたいのですが・・・」。大物を釣り上げようと意気揚々とした話ぶりに反して、あまりにも準備の悪い私たちに、「ここには、そういうお店はありませんし、その針で釣りは無理でしょう」と、気の毒そうな忠告。
 太公望気分が一気にしぼみ、落した肩を見かねて、「ぼくの釣り竿、貸しましょうか?」。彼は、店番の最中。とてもそんな暇があるとは思えない。しかし、今にも釣り竿を取りに帰ってしまいそうな雰囲気に、「大丈夫、なんとかします」。彼の気持ちと「ヤドカリを餌にしてみたら?」のアドバイスだけを素直にいただいた。
 港まで自転車を飛ばし、言われたとおりヤドカリを餌にして垂れた釣り糸に、海の色で染めたような小さな魚がかかった。海と空と私たちの歓声の間に、マリンブルーの雫が舞った。おかずにもならない小さな獲物であるが、私たちは満足して帰った。

 近くのおじさんが、小浜荘の栄子さんヘバナナを届けにきた。自宅前でもいだばかりのものだという。ほどよい甘昧と酸昧は、鼻腔をくすぐり人工果実に慣れた口の中を贅沢にさせてくれた。語彙のまずしい私たちが、「おいしい」の言葉ばかりを繰り返すのを聞いて、「明日、うちにいらっしゃい。あなたたち用にバナナの木を1本用意しておくから」。島を離れる2時間前であった。「私たちのバナナの木に会いたいね」真剣に帰りを遅らせようかと相談した。

 観光も「お金」が介在する産業である。商売人としての笑顔に鍵をかけ、「もてなし」という衣を幾重にも着た観光地は数え切れないほどある。時に、その笑顔の陰に見てはいけない素顔を垣間みる。「商売だから」と思うことが、無難に旅をする術であることも身についた。しかし、少なくとも私が出会った竹富の皆さんは違った。もちろん、彼らも観光を生業とする人達に変わりはない。
 違っていたのは、ただひとつ。鍵のない笑顔がそこにはあった。小浜荘の栄子さん、土産屋の勝子さん。そして浜の青年に、バナナのおじさん・・・。だれもが会ったばかりの私たちを旧知のように迎え入れてくれた。まるで、遠方から遊びにきた親戚のように・・・。
 久しぶりに行った親戚の家のようだった。その日溜りの中で、他愛のないはなしに夢中になっている私がそこにはいた。人の好意の裏側には何かあるに違いない・・・。そう考えるようになっていた自分を恥じずにはいられなかった。

 竹富では、掛け値なしのたくさんの温かい気持ちを両手に持ちきれないほどいただいた。おかげで、自分の心に埋めたかったものが何かを知ることができた。ほのぼのとした軽い気持ちとともに、帰りのかばんも軽くなった。
 このような気持ちは、旅人の一時の感傷なのかもしれない。しかし、感傷に浸れる場所が私にあったことを幸せに思う。コンピューターを介しての形のない数多の情報に溺れる日常。相手の本心を探りきれないことへのあせりとストレス。そして、私は30代半ばになった。このままで本当にいいのかという漠然とした不安・・・。自らを乾燥させてしまいそうだった私の心は、鍵を持たない島での部屋と人によって柔らかさを取り戻し、飽くことなく眺めたあの海のように、今も静かに波を打ち続けている。

 帰りの船が港を離れる時間になった。着いたときと同じ場所で小浜荘の栄子さんが見送ってくれた。知り合いと出くわした栄子さんは、話に夢中になりながらも、振る手を止めることはなかった。「おばさん、こっち見てないよ!」、次第に小さくなるその手が見えなくなるまで、なぜだか笑いが止まらなかった。
 笑いすぎたのか、波しぶきなのか。顔のしずくをぬぐった途端、あんなにはっきりしていた島の姿がぼんやりと滲んで見えた。

(『星砂の島』第5号より)

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