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竹富島のこと
大和梱包株式会社社長
宇野 昌
「星砂の島」創刊号より
そのときは生い茂ったスイノメーの草や木が、私の背丈の何倍もあるような気がして、人を呼ぶことも忘れ、ただ呆然とその場に立ちつくしていました。
それは、自然のなかに一人取り残された孤独感、自分のほかには誰も、この世に存在しないのではと思う不安感でした。
そのときの心の動揺は、今でも実感として残っています。このような心情は、何かにすがりたいという気持ちを抱かせ、自然に対する畏敬の念を募らせます。
私が体験したような竹富島の神秘性は、多くの人々が経験していると思います。ある先生は、「神秘的な体験が、神々を祀ることに繋がっており、不思議なことや神秘なことが竹富島の伝統文化を豊かにしている」と話しています。
実際、竹富島には、多くの神々の話や伝説、あるいは民謡や芸能なども民間伝承として残っています。しかもそのような伝承は、祭りを中心に受け継がれてきました。
竹富島の伝統文化も、そこに住む人々の神秘な体験を基にして、竹富島のもつ古い歴史に培われてきたのだと思います。
私のように、スイノメーで迷ったり、マジューヌ(妖怪のような魔物)を恐れた人々が、これまでにもたくさんいたのではないでしょうか。そのような怖い思いをした人々が、神秘な世界を克服しようと神々を祀り、伝承や芸能を育んできたと思います。
この美しい島には、ゆたかな緑、四季を問わず咲き誇る花々、七色に輝く珊瑚礁の海、青い空、きらめく星など、私たちが望んでも得ることのできない素晴らしい自然と、時間に拘束されることのない生活があるのです。
作家の森村桂さんは、この竹富島を「天国に一番近い島」と呼びましたが、私は琉球列島のダイヤモンドだと思っています。
また、竹富島の歴史的な人物や、伝説や民謡などに登場する先輩方々は、私の大きな心の支えでした。精進努力して、八重山出身で初めて八重山全体を統治した西塘(ニシトウ)(人名)、西表島仲間村の開拓に足跡を残した真栄(マサカイ)(人名)、武崎(ブサシ)(地名)で初めてマーラン船(公用船)を造ったシドゥブジ(人名)、権力に負けず自分の意志を貫いた「安里屋のクヤマ(人名)」、反対に権力に勝てずに、泣く泣く新城島の役人のもとに嫁いだ「仲筋のヌべーマ(人名)」などです。いずれの方も、私の人生の心の支えになってきました。なかでも、「シキタブン」にうたわれた竹富島の自然や歴史的な人物は、私の心を捉えて離さないものがあります。「シキタブン」の歌詞は、
わが生まれ島は、小さくて貧しい島ではあるが、丸いお盆の形をした美しい島であり、八重山諸島の親島である石垣島の真正面に据えられた「お盆の島」である。
と、まず竹富島の美しさをうたい、つづいて歴史をうたいあげます。

スイノメー