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「しきた盆」のせかい


随筆家 岡部伊都子
「星砂の島」創刊号より

「あれはよそのことだ」などと、他島他地区の汚染や崩壊を放置しては、それがそのまま竹富島に及ぶのではないでしょうか。海岸線の自然生態は海を活かす大きなポイントです。
本島にもここまでの集落保存はむつかしいかもしれません。宝のような小島なればこそ、全域の町並み保存が現実となり得ましょう。
「電線埋設」は、亡き大原總一郎氏が島へゆかれた昔から願われていたことでした。そのこともすすめられ、赤瓦の建築もずいぶん多くなりました由。島に住む人びとのお心が「やる気」でまとまってこられたからだとおよろこび申しております。
仕事で各地を訪れますが、住民の「やる気」一つで、その町の活気、清潔さ、人の日のかがやきがちがいます。そのちがいの大きさに、どきどきするほどです。誰もが何らかの役や仕事を受けもって、それが全体のよき気分を構成しています。
竹富島は、昔からお掃除の行届いた、神の島でありました。神司(かんつかさ)の石川明(いしかわあき)さんが、わたくしの顔を見ると、「神の子だよ、おりこうさんだね」と抱いて下さいました。そのとき、わたくしは、子供のようにわくわくしました。「あ、いま、可愛がってもらっているな」って。
町並みの保存は、形だけをととのえるものではないと思います。ただ、景観だけをととのえるのなら、映画村のセットに似ています。
その景観として人の愛する町並みに、まず住民がいきいきと働き、よろこび合って暮さなくては何にもなりません。
そして、その景観の質が、清澄(せいそ)であることが大切でしょう。どんなに素晴らしい景観ができても、そこが騒音や、汚染、汚濁にまみれてはよろこび安らぐ地とはなり得ません。「もっと、もっと」と、収益をあげることに追われて、その手段を問わぬやりかたでは、こうした基本が破壊されます。
すべてが機械化され、宇宙的科学の世となるにつれて、生ま身(なまみ)をもつ人間は、かえって手作りの本物を志向し、そこに真の休息感をもつことでしょう。「いづこも同じ」形となりゆく観光地の危険が、伝統文化に息づく竹富島を侵害しないことを祈っております。
住まわれる皆さまと竹富島を愛する皆さまのお心が厚く結ばれ、小さな人びとに歴史と文化と、よき生活労働とがうけつがれますよう願っています。

こぼしさま(=竹富島の子供)たちが、のびのびと自分をきたえて下さることを願って献じた「こぼし(小法師)文庫」のご機嫌はいかでしょうか。

長寿できこえたなつかしいおじいちゃま、おばあちゃま、いつもわたくしに言って下さるように「百二十歳まで」お元気でいらして下さいませ。

島で聞かせてもらった「とぅんちゃーま」や、「しきた盆」の、「ウヤキ世バ、タボウラル」のくりかえしが、耳底にひびいています。「神からたまわる良き世」は、「わたくしどもが創りだす良き世」でありましょう。それぞれの人間が、神からたまわり、同時に自らの力を重ねて人生を創りあげたいものです。

 

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