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集落における会館の必要性について


国学院短期大学教授 狩俣恵一
「星砂の島」創刊号より


3 会館が必要な理由

もう少し具体的に説明したい。私たち日本の都会人は、かつて家を造るとき、お客さんを迎える応接間というものを必ず設けていた。どの家も新築したときはそうであった。
なぜ応接間を設けたのか。ある学者の説明によると、応接間というのは、公け(おおやけ)が、個人のプライべートな場所に入ってくるところであり、〔公〕と〔私〕はそこで触れ合うのである。いや、〔公〕が自由に〔私〕の場所に侵入できたのが、応接間であった、と述べている。
ところが、個人やプライベートを尊重する社会になってくると、ごく親しい人だけが個人の家を訪ねるようになる。ごく親しい人だと、応接間で話す必要はなくなり、居間で充分である。その結果、いまや応接間の存在は風前の灯火となった。
すなわち、それほど親しくない人とは、喫茶店やレストランやホテルなどを利用して外で会うようになったのであり、それゆえ応接間の必要性もなくなってきたのである。
このような話を紹介したのは、竹富島の会館建設にも、同じ意識がはたらいていることを指摘したいからである。つまり、かつて人口が減少したとき、会館の必要性を感じなくなったのは、応接間である一番座を使って集まればよいと考えたのである。
ところが、そうすると家庭の主婦は、そのために掃除をしたり、お茶を出したりしなければならない。子供と触れ合う一家の団欒も犠牲になる。つまり、プライべートな面が侵されるのである。そのような個人意識が、みんなで集まる会館の必要性を再び生み出した理由であると思われる。
要するに、プライべートという問題を考えなければ、会館は必要としない。プライバシーを気にしなければ、個人の家に集まることができ、人口減少とともに会館も不要になる。しかし、現在に至って、プライバシーを維持することを考えるようになった。それゆえ、会館建設の必然性が出てきたのである。
都会に住む私たちは、応接間を捨てて、ごく親しい人だけを我が家のリビングに受け入れている。その結果、喫茶店やレストランなどが応接間の役割を果たすようになった。
竹富島でも同じように、応接間である一番座でいろいろな人を迎えることは、一家の団欒や子供たちの立場などを考えると、だんだんと難しくなってきた。
その結果、家の外で集まる場所が必要になってきた。そこに、各集落の会館建設の必要性が出てきたのである。

 

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