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 竹富島の民謡「安里屋ユンタ」は大変有名ですが、共通語で歌う「安里屋ユンタ」は、誰が作ったのでしょうか。種子取祭で歌う「安里屋ユンタ」とはずいぶん違うようですが。

A いわゆる「安里屋ユンタ」のメロデイーは、3種類あります。

 1つは伝統的なユンタで、労働歌として竹富島で歌い継がれてきたもので、これを島では「安里屋ユンタ」と言っています。

 2つは宮良長包作曲(沖縄師範学校の音楽教師)星克作詞(アメリカ統治時代の立法院議員)の「安里屋ユンタ」で、竹富島ではそれを「新安里屋ユンタ」と呼んでいます。この「新安里屋ユンタ」は、大阪のコロンビアレコードから発売されて、全国に普及したものです。

 3つ目は士族によって作られたと思われるもので、「安里屋節」と呼ばれています。

 「安里屋ユンタ」が三線の伴奏抜きで集団歌謡として歌われていたのに対し、「安里屋節」は初めから三線の伴奏で歌われていました。また、「安里屋ユンタ」と「安里屋節」ではメロデイーがまったく異なります。一方「新安里屋ユンタ」は、新時代の歌としてピアノの伴奏で歌われていましたが、「安里屋ユンタ」のメロディーに近いもので、共通語の歌詞で歌われます。
 しかし、近年では「安里屋ユンタ」も「新安里屋ユンタ」も、「安里屋節」と同様に三線の伴奏で歌われることが多く、その3つの歌が混同されたりしていますが、「安里屋節」のメロデイーはゆったりしています。

 さて、これら3つの歌の聞き分け方ですが、「安里屋ユンタ」は方言で歌われるテンポの速い曲、「新安里屋ユンタ」は共通語で歌われるテンポのやや遅い曲、「安里屋節」は方言で歌われるテンポの非常にゆったりとした曲、と覚えておくとよいと思います。

 以上のような聞き分け方ができれば、「安里屋ユンタ」の鑑賞者としては中級クラスですが、上級クラスになりますと、「安里屋ユンタ」の複雑な歌詞の理解を必要とします。
 「安里屋ユンタ」の本来の伝統的な歌詞は、安里屋のクヤマという女性を歌ったものではありません。確かに、歌い出しは、「安里屋のクヤマによ」で始まりますが、それは「安里屋のクヤマさんに目差役人が求婚したが断られた」と歌うだけです。「安里屋ユンタ」の主人公は、むしろクヤマに袖にされた目差役人です。伝統的な「安里屋ユンタ」のストーリーを紹介します。

クヤマに拒絶された目差役人は、仲筋村へと走って行き、そこでイスケマという女性に出会って求婚し、両親の承諾を得る。
目差役人は、イスケマを抱いてンブフル岡を越えて、玻座間村の自宅に帰る。
イスケマはお酌が上手。屏風の中で、男の子女の子を作りましょう。
男の子は島の指導者になってくれ。
女の子は家庭を切り盛りしてくれ。

 以上のような内容が竹富島の「安里屋ユンタ」の伝統的な歌詞ですが、メロディーのまったく異なるゆったりとしたテンポの「安里屋節」も同じ歌詞で歌われます。また当然のことでありますが、星克作詞の「新安里屋ユンタ」の歌詞は、その歌詞とはまったく異なります。

 要するに、伝統的な歌詞と星克作詞の「新安里屋ユンタ」の歌詞があるわけです。ところが、実をいうと、伝統的な「安里屋ユンタ」や「安里屋節」のメロデイーで歌ってはいるが、伝統的な歌詞とはかなり異なる歌詞も伝承されています。その歌詞の内容は、「安里屋のクヤマさんは、目差役人の求婚を断った。夫は同じ島出身の男性がよい」というものです。

 この歌詞が生まれた背景には、「クヤマさんが目差役人の求婚を断った」ということが強調され、夫には石垣島からやってきた目差役人よりも、貧しい農民であっても地元の男性がよいとの思いから、そのような歌詞が歌われるようになったと思われます。ただし、竹富島で、その歌詞で歌うことは少なく、石垣島をはじめ、他の島々で歌われることが多いようです。       

【狩俣恵一】

 

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