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Q 竹富島のお墓を見ますと、すべてのお墓正面は近くの海の方向に向いており、村に向いているお墓は一つもありません。何か理由があるのでしょうか。

A よく観察されましたね。なかなか鋭い質問です。海の彼方には、ニライカナイという世界があって、そこから穀物の種子などが運ばれてくるということはよく知られており、竹富島のユーンカイ(世迎え)の行事などもその信仰から行われています。コンドイのニーラン石のところで、トンチャーを歌うあの儀式です。

 実を言うと、ニライカナイは、穀物の種子の「ふるさと」という役割だけではありません。害虫や病気もニライカナイからやってきます。人間の生命もニライカナイからやってきます。

 石垣島の人々は、かつて子供が生まれるとタキドゥンミー(竹富見せ)といって赤ん坊を浜に連れてゆきました。また、黒島の人々はウムトミー(オモト山見せ)といって、同じように赤ん坊を浜に連れてゆきました。このような習俗は、沖縄本島の東村などにもあり、本当の意味は、赤ん坊が生まれたことをニライカナイに報告する儀式であります。つまり、ニライカナイからは、穀物の種子ばかりではなく、人間の生命もやってくると考え、その報告の儀式がタキドゥンミーであり、ウムトゥミーであります。

 つまり、ニライカナイからは、人間の世界にありとあらゆるものがやってくるわけですが、またすべてのものがニライカナイに帰ってゆくと信じられました。旧暦3月にムヌンの行事が行われていましたが、そのムヌンで、害虫を芭蕉の葉の舟に載せて海に流したのは、ニライカナイからやって来た害虫を返す儀式でした。
 それと同じように、ニライカナイからやって来た人間の魂も、死ぬと、海の彼方のニライカナイに帰ると考え、お墓の向きをすべて海に向けているのです。

 

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