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竹富島訪問の記 〜僻遠の孤島、模範の村〜

 沖縄師範教諭 稲垣國三郎

村を一巡して最後に駐在巡査の家を訪れた。他府県のお役所的駐在所と異なり立派な邸宅にまず驚いた。巡査は七十歳に余る白髪の老人であるが、かくしゃくたるもの。一見人格者らしい人である。
鹿児島の人だそうなのだが、すでに何十年とこの島にのみ勤続している。今や徳望はもちろん、資産から言っても村の上流階級に属する。長女はある県会議員に嫁し、長男は専門学校を卒業して台湾で奉職中だと聞いた。村の人々は真の慈父のごとく敬慕している。警察官というよりは村の教師であり、聖である。

この村が模範村となった源流はここにある。四方山の話をしていると、二・三の青年が汽船が見え出したと注進にきた。たくさんの村人に荷物などを提げてもらって見送られて海岸へ急いだ。石垣港の沖合を見ると台湾行の汽船がいる。
慌ただしい気持ちで特別仕立ての刳舟に乗ると、五・六人の青年と与那国君が必死に漕いで沖の本船まで送り届けてくれた。
本船の八重山丸に乗って一安心した。甲板に出て見ると、一町ほど彼方に刳舟をとどめてこちらを見ている。
「オーイ、ありがとう、帰ってくれ」と叫んだが帰ろうともせず、大波に揺られて上下しながら、こちらを見つめている。
やがて汽船はボーッと汽笛を鳴らして機関の音にぎやかに早や動き出した。
甲板の欄干からハンカチをふると、刳舟でも帽子をふる。だんだんそれが波のかなたへうすれて行った。

ああ、もう再び逢う機会はあるまい。
私は瞑目して祈った。竹富よ、永久に平和なれ。青年等よ、前途に幸多かれと。
こうした私を乗せて八重山丸は基隆へ走った。

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