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竹富島訪問の記 〜僻遠の孤島、模範の村〜

 沖縄師範教諭 稲垣國三郎

出迎えに出ていた人達が名刺を差し出す。村長、助役、議員、村医、青年団長、在郷軍人…。それを婦人や子供等が珍しげに見ている。それらの人々の案内で村の方へ向かった。白い砂浜をザクザク坂道を上がると、左右には甘藷畠(かんしょばたけ)や野菜畠がつづき、路傍には阿旦(あだん)、蘇鉄その他熱帯特有の植物が、真夏の暑さにもおじず生き生きと育っている。
福木の林に入ると村だ。道の両側や、家々の門口に沢山の人が堵列して私どもの一行を歓迎するように、また珍しそうに見ている。余りに大げさなので聞いて見ると、日く、「この島には未だかつて先生ほどの偉い方が見えたことがないからです」とのことに恐縮と苦笑を禁じることができず冷や汗が流れた。

村の中央の与那国君の家に案内された。四周には堅固な石垣をめぐらせた豪壮な立派な家だ。涼しそうな部屋に通されて彼の御両親や令兄から初対面の鄭重な挨拶をされた。そうした間にも門口には人山を築いてのぞいている。
夕方の七時頃から通俗講演にとて村の小学校に案内されて行った。かなり大きな学校で三教室ほどを打ちぬきにした中に、聴衆はあふれるほどで、廊下といわず、窓の敷居の上と言わず、中には窓外から台の上に昇って首だけ突込んでいる者もいる。女・子供・青年・大人・年寄などさまざまな人が千人以上もいる。村中総出ではないかと思われる。
期待される程の話でもなかったが、きわめて静粛に謹聴して聞いてくれたことは嬉しかった。とくに沖縄の都と言われる首里で普通語のよく判らない人があるのに、そこから二百五十里も離れたこの孤島でよく判るのは実に不思議でならなかった。

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