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民族舞踊「マミドー」の誕生

 
「星砂の島」第1号より

2 小浜島のマミトーマ

小浜島側の参考人であった山崎浩氏の主張は、彼の著書『小浜島誌』にも記されているので、それを紹介する。

この(マミトーマ)の歌詞は、島の古老によって温存され受け継がれている歌詞である。「マミトーマ」の始めの「マ」は接頭語、「ミト」女児の童名、語尾の「マ」は接尾語である。可愛い女の子に対する愛称語である。その内容は女の子の生い立ちを歌い上げているが、その希望が満ち溢れて意味深長なところが伺える。うろんつん(春頃)、若夏になって農作物が萌え出る頃喜びに胸をふくらませて草取り作業歌として愛唱される。歌唱の調子は軽快というよりも流暢(なごやか)に草取り挙動に調和されて合唱するところに「マミトーマ」の節回しのよさがある。小浜島の象徴歌で島の民謡の代表的なものである。

山崎浩氏が述べたのは、以上のような内容であった。ここで注意したいのは、小浜島の「マミトーマ」は、子守歌として、草取り作業歌(ユンタ・ジラバ)として歌われていたのであり、「踊り」ではなかったということである。
ちなみに小浜島の「マミトーマ」の歌は、「サー マミトーマよ マミトーマ みやらびぬ みやらび」で始まって、「ウヤキヨヌユナホーレ」の囃しで歌われ、次のような内容の歌詞が続く。

マミトーマが生まれた。何処の家で生まれた。入川家で生まれた。貴女(=マミトーマ)にお願いしたい。私(=マミトーマ)に何を頼むの? 私の初の孫が生まれたら、子守を頼みたい。マミトーマが子守をすれば、立派に育つはず。その赤ちゃんが座ったら、這い出した。這い出したら、立った。立ったら、歩き出した。
マミトーマが子守りをした娘は成長した。その娘を水汲みにやったら、水甕を頭に載せてくれる人がいなかったので、娘は前の道を走っていなかったので、娘は前の道を走っていった。その道路で、目差主(役人)に出会った娘は、彼に水甕を頭に載せてくれと頼んだ。載せてやったら、どんなことをしてくれるか、と目差主(役人)は娘に聞いた。お役人様が沖縄旅を拝命したとき、貢ぎの布を差し上げます云々・・・。

以上のような内容で歌われているのが小浜島の「マミトーマ」である。実をいうと省略した最後の部分の歌詞は、資料によって若干違っているようであるが、小浜島のいずれの歌詞にも農作業の様子は歌われていないし、農業とはまったく関係のない歌である。
ところが、八重山の踊りに限らず、民俗舞踊は本来、歌詞の内容に添って踊りを付けるというのが通例であり、小浜島の「マミトーマ」の歌から、鎌・鍬・ヘラを持って踊るマミドーの発想が生まれることは断じてないと言えよう。

私が、こう申すのは、最近小浜島の「マミトーマ」の歌詞を使って、平気で鎌・鍬・ヘラを持った農作業の踊り(=マミドーマ)が踊られたりするのを見たりするからである。
歌の内容は、子守の話、娘と役人のやりとりだが、踊りの振り付けは農作業の仕草ということが現実に行われているのである。滑稽と言おうか、陳腐と言うほかはない。

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